大鷲を追う 涸沼のハンター&ハンター

身近で遠い鳥類 

白々と夜が明ける頃、真っ先に声を出す鳥たち。どこからか聞こえる鶏や雀などの鳴き声で目を覚ます人も多いのではないでしょうか。身近に沢山いる鳥ですが、警戒心が強く人が近づくと空へと飛んで逃げてしまいます。簡単には観察させてくれない姿を追う、これも野鳥観察の醍醐味の1つです。更に、その鳥が珍しく希少だとしたらどうでしょう。鳥にあまり興味がなくても「見てみたい」と思ってしまいそうです。

涸沼には、大小合わせて多くの鳥が飛来します。その顔ぶれは季節によっても様々です。水に浮かび愛らしく泳ぐ水鳥はもちろんのこと、上空から魚や動物を狙う猛禽類もトビ、チュウヒ、ミサゴ、サシバなど様々な種類がみられます。なかでも、1月の終わりから3月中旬まで越冬する「大鷲」は国の天然記念物にも指定され、独特の風格があります。毎冬涸沼に姿を見せる大鷲は一羽だけ。そんな涸沼で、猛禽類を含めた鳥全般を長年とり続けている方がいます。「清水道雄」さんです。今回は清水さんの撮影に同行させて頂き、撮影の在り方やコツを聞きました。狙いは猛禽類、もちろん「大鷲」です。

 

大鷲

 

準備 〜カメラだけでは鳥は撮れない〜

遠くを飛ぶ鳥の撮影は、高倍率レンズを付けたカメラが必需品です。そのため、ついカメラやレンズに関連した道具に目がいきます。

 

ただ、大鷲を含めた冬の野鳥撮影や観察の準備で、最も大切なのは防寒対策です。当たり前の事ですが、どんなに高性能な機材があったとしても、寒さで体調を悪くすると写真は撮れません。

自分の思い通りにならない自然を相手にするのですから、長い時間じっとしていても体が冷えない装備や服装が必要です。特に風の強い日などは耳当てや帽子があると、くじけず待つことができるはずです。

また、辺りの様子の確認や鳥を探すのに便利なものが双眼鏡です。もちろん、カメラにも高倍率のレンズが付いていますが、双眼鏡は単眼(一眼)のカメラよりも視野が広く軽くて扱いやすいのが特徴です。倍率は8〜10倍のものが野鳥観察には便利なようです。

最後にカメラですが、これは撮影後の使用目的によっても変わります。印刷有無から始まり、大きさや質感など用途は人によって様々です。

 

参考までに清水さんがお持ちの機材を紹介いたします。

 

清水さん機材

 

カメラはAPSCの一眼レフ、レンズは600mmにx1.4のテレコンバーター(拡大レンズ)つけているので、実質は840mmに相当します。そして、いわゆる35mmのフィルムサイズにレンズの長さを換算すると、約1,300mmになります。機材の写真からも想像できると思いますが、大きさや重さもさることながら、価格も重量級です。

最近では比較的手頃な価格の高倍率カメラも発売されています。これから買い求める方は、まずは、取り扱い店に問い合わせて自分の目的にあったものを見つけてください。

 

 

ちなみに、こちらで使用したカメラは1インチセンサーの一眼です。

レンズは70-300mmのズームで、35mm換算で189-810mmになります。

清水さんの機材と比べるとオモチャのように見えます。

 

当方機材

 

撮影場所 〜王道の撮影地〜

今回、大鷲の撮影に選んだ場所は涸沼の南東に突き出した「弁天鼻」がある網掛公園でした。涸沼屈指の野鳥観察ポイントで、公園の奥には高さ3m程の野鳥観察台もあって見晴らし抜群です。また、写真を撮影する上で、重要になるのが太陽の向きです。チャンスがあれば、大きく羽ばたく雄大な姿を撮影したいもの。それには、被写体が太陽光を十分に受ける「順光」が望ましいです。ここ、網掛公園は、涸沼の南東にあり岸が北に突き出だしています。そのため、午前中は太陽を背にして撮影出来る範囲を広くとる事ができます。準備を整え、公園の野鳥観察台へ向かいました。この日の天候は快晴、風もなく穏やかな日でした。

 

機材を背負う 清水さん

機材を背負う 清水さん

 

撮影位置 〜地に脚着けて・安定第一!〜

駐車場から野鳥観察台までの距離は200m足らず。これ以上距離があると、大きな機材を背負って歩くのは難しいかもしれません。ひとまず、公園内に設置してある野鳥観察台に上って周りの状況を確かめることにしました。カメラを設置して辺りの様子を肉眼で観察します。次に双眼鏡で対岸の木に大鷲がとまっていないかどうかを丁寧に確認しました。

 

この日の網掛公園には、10人ぐらいの人が大鷲の撮影や観察に来ていました。更に、野鳥観察台から200mぐらい北側にも3〜4人、そして、対岸の親沢公園の周辺には5人ぐらいがカメラを設置して鳥を狙っているようでした。

 

他の撮影者や観察者の向いている方向を確認するには理由があります。

彼らも同じ大鷲を追いかけているはずなので、もし、彼らに動きがあった場合には、その方向に大鷲などがいる可能性が高くなるからです。

 

周りの確認をしながら清水さんが「チュウヒだね」と観察台から50m〜100m先の水面から突き出した竹棒の束を指さしました。肉眼で見ても良くわかりません。そこで、カメラのレンズ越し探してみました。こちらの機材は清水さんに比べれば軽くて小さいですが、800mm相当のズームレンズなので、視野が狭く、最大望遠側で被写体を探すのは難しくなります。そこで、ズームレンズの場合は、まず低い倍率で被写体をファインダーに入れた後にズームすると簡単に対象を大きく捉えられます。こうして、棒の上にとまっているチュウヒが見つかりました。

 

チュウヒ 朝

チュウヒ 朝

 

清水さんのカメラではどのように見えるのか実際に見せて頂きました。

日の光が強く、カメラ背面の画像が見にくいものの、さすがに高倍率レンズといった感じです。

 

 

チュウヒ拡大

チュウヒ拡大 (清水さんカメラ、モニタ画像)

 

一通りの準備は終わったのですが、場所を変える事にしました。

理由は、振動でファインダー画像が小刻みに動くからです。高倍率のレンズを使用する場合は、三脚でしっかり固定していても、観察台の振動が三脚に伝わり、ファインダーが震えていました。実際に見せて貰ったのですが、揺れるカメラのフレームを覗き続けるのは、想像以上の違和感です。これを長時間見ていると船酔いに似た気分になりそうでした。観察台の見晴らしは良好で、鳥を見るだけならば申し分ないのですが、長いレンズを使った撮影には不向きのようです。結局、観察台を降り護岸から撮影する事にしました。

 

神出鬼没 〜いつでも、どこからでも〜

数多くの素晴らしい写真を撮っている清水さんですが、いつ、どこに大鷲が姿を見せるかは、全く予測ができないそうです。いくら経験が豊富でも、見つけた時に撮る以外ないようです。文字通りの出たとこ勝負です。これも撮影の魅力なのかも知れません。逆に言えば、未経験の人にもチャンスがある事になります。そのチャンスを活かす最大にして唯一の要素が「忍耐」、大鷲が見つかるまで待つ事なのでしょう。

 

大鷲を待つ 〜楽しさを見つける楽しみ〜

大鷲が現れるまで辛抱強く待つ。

とは言ったものの何もしないと逆に疲れてしまいます。涸沼の良い点は、待っている間も楽しみが多くあることではないでしょうか。

 

はじめは音でした。「バタバタバタバターッ」と小さな羽音が折り重なるように聞こえて来ました。それは、ハジロカイツムリの群れが追込み漁の要領で魚を集めている光景だそうです。羽音に驚いて集まる魚を追いかけて、しばらくすると、一斉に沼の中へ潜りました。まるで、統率のとれた軍隊のようです。小さい体を補うために、集団で食料を得る。生きる為の野生の本能、自分の身の丈にあった行動をする。今まで気がつかなかった水鳥の生態も知ることが出来ました。

 

ハジロカイツムリ
ハジロカイツムリ

 

この他、エサをねだりにコハクチョウがやってきたり、シジミ漁の舟が近づいてきたりと興味をそそられる事が多くありました。「待つ=苦痛」と決めつけてしまいがちですが、視野を広く持つと有意義になるものです。

白鳥
白鳥

 

 ■写真 白鳥 蜆

 

こうして、涸沼の情景や他の鳥たちの姿観察しつつも、清水さんは大鷲を見つけるため時折、双眼鏡で周囲の様子を確認していました。

 

キラキラと輝く水面の向こうの筑波山がそびえます。そこを時折横切るカモメや鷺の仲間、遠くの杉の木には数羽のトビが集まっています。なんだかとっても癒やされる感覚です。

 

大鷲の観察や撮影を目的とした人が周りに10人ぐらいいるのですが、静かで、そして、穏やかに時間が過ぎてゆきました。

 

しばらくすると、「ごぉーっ」と彼方から空に響く音がだんだん近づいてきました。

見上げると戦闘機が3機、轟音を残して飛び去って行きました。風情はありませんが、これも勇ましい姿です。思えば、戦闘機にも猛禽類の名前が付けられています。自衛隊にも配備されているF15はイーグル(鷲)の愛称ですし、F16もファイティング・ファルコン(ハヤブサ)、そして、F22の愛称ラプターはずばり「猛禽」です。

 

戦闘機の音が鳴り止んだ頃、今度は携帯電話の音が鳴り響きました。清水さんのものです。

「えー、本当に?」「こっちは見てないよ」と会話が続きます。電話は対岸にいる仲間からで、大鷲が涸沼を横切った事の報告と、こちらの状況確認でした。不思議に思い、隣で大鷲を待っていた方に訊ねましたが、見ていないようです。

 

疑問に思った清水さんが少し離れた場所の撮影者に声をかけました。すると、「これなんですけど」とカメラのモニタを見せてくれました。そこに写っているのは、対岸の親沢公園へ向かって飛ぶ後姿、白い尾羽と両翼の白いライン、間違いなく「大鷲」でした。我々は全く気がつきませんでした。

 

何故見逃したか…。考えられる事は、戦闘機が頭上を通過したタイミングです。

あの時、思わず上を見てしまいました。大鷲を撮影した方は音に気をとられることなく涸沼を見ていたようでした。人の作りし「ワシ」にいっぱい食わされた気分です。

 

仲間の大切さ 〜自ずと交流、信頼交友〜

残念な思いを胸に、清水さんが言います。仲間や観察のベテランが近くにいれば、「来たよ!!」と声をかけ合うのに…、と。

 

いつ、どこから、どのように現れるかわからない被写体を撮影するには、情報を互いに交換できる仲間が重要になることが多いようです。もちろん、孤独に淡々と撮影される方を否定するつもりはありません。ただ、誰の物でもない、自然が育んで、我々を楽しませてくれる貴重な存在ですから、それを共有する。まさに「融和」の精神、清水さんの人柄を伺い知る事が出来ます。このように、同じ目的を持つ仲間との信頼関係ができるのも、大鷲を追う醍醐味の一つなのかもしれません。

 

今度は清水さんからお仲間に電話します。「いたよ〜、近くの人が撮ってた」更に続けます。「魚はつかんでなかったから、また来るかもしれない」

こうして、仲間と情報を交換しながら、次のチャンスを待つことにしました。

 

ハンター 〜レンズ越しの狩人〜

過ぎてしまった事を悔やんでも仕方ありません。大鷲の痕跡を見ることが出来ただけでも貴重です。それに、まだチャンスはあるはずです。

 

いなくなったと思っていたハジロカイツブリの一団がまた近くまで戻って来ました。

期待した収穫もなく淡々と時間がすぎる…と思いながらいると、先程まで姿のなかったベテランのバードウォッチャーがスコープを覗いていました。そして、「あれ?こっちに向かってきてる」と声を上げました。大鷲か?と思いスコープの先の方にレンズを向けました。「チュウヒだね」と清水さん。少しがっかりしたところでしたが、清水さんはファインダーから目を離しません。「あ、そろそろ飛び込むよ」の声に反応して、こちらも慌ててカメラを向けました。

 

清水さんの方から小気味よいシャッター音が聞こえます。まるで獲物を見つけたハンターが自動小銃を連射しているようでした。時間にして1分足らずでしょうか、魚をつかんだチュウヒは、水面から突き出した竹棒の束にとまりました。どうやら、この撮影をはじめた時に見た個体と同じチュウヒのようです。獲物を得て満足そうに食事をする姿を小さいながらも撮影する事ができました。

 

 

写真撮影の動作は、銃の狙撃と同じ言葉が使われますものもあります。まず、被写体を「狙う」がそうです。そして、写真を「撮る」動作を英語では「shoot<撃つ・射る>」と表現します。清水さんが見せてくれた撮影はまさにそれです。大鷲などの猛禽類が動物や魚を狩る「ハンター」ならば、清水さんはそれらを狩りトル(撮る)。某有名漫画のタイトルではありませんが、まさにハンターのハンター。「ハンターxハンター」です。

 

とうとう 〜到頭・蕩蕩・遠遠い〜

チュウヒの狩りを撮影し終えた頃には、既に時計の針は正午になろうとしていました。撮影を始めてから、あっという間に3時間が過ぎていました。

 

午後からは別の予定があるため、帰り準備をはじめます。大鷲は見逃しましたが、貴重な経験をしたお礼を言い駐車場に向かって歩き始めた時でした。「いた!いた!あれそうだよね?」と先程、チュウヒの事を教えくれたバードウォッチャーが叫んでいます。慌てて護岸まで戻り場所を教えてもらいました。

 

肉眼では全く見つけられません。「2羽飛んでいて、1羽はミサゴかな? ほらあの雲の上ですよ、大鷲!」スコープをお借りして覗いた後、こちらのカメラでも捉える事ができました。撮影した画面では「ノミ」のように小さいですが、拡大すると大鷲の特長の白い羽のラインがはっきりわかります。

 

大鷲

大鷲

 

待った甲斐がありました。お世辞にも良い写真ではありませんが、この目で見て撮影出来た!なかなか嬉しいモノです。

 

★年も開けて間もないですが、個人的には「今年嬉しかった事ベスト5」にノミネート決定です。

 

鳥類ヒエラルキーの上位に君臨する猛禽類、その頂点の1つにして国内最大のワシが「大鷲」です。飛ぶ姿はまさに王者の風格。辛くもその一端を覗くことが出来ました。ラムサール条約湿地に認定され、大鷲をはじめとする猛禽類や他の鳥にも人々の関心が更に集まることでしょう。多くの渡り鳥たちが羽を休められる環境をいつまでも守り続ける。そのために、清水さんをはじめとする野鳥撮影者の方々には、心を射抜く鳥たちのショットをこれからも紹介しつづけて頂きたいです。

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